「子どもに席は譲らない」という意見に驚いた話



先日起きたバスでの話

次女は保育園の待機児童のため、バスと徒歩で45分ほどかかる一時保育に週2日通っています。

保育園の登園時間は出勤時間とかぶるため、朝のバスは大抵混雑していて、座席は空いていないことが多いです。

そのため、保育園の荷物(お昼寝用バスタオルなんかも入っていて結構大きい)を持って、子どもと立って30分弱バスに揺られることになります。

バスはカーブの多い道を行くので、けっこう揺れます。2歳の次女では踏ん張れずに転倒することがあるので、保育園の荷物は大型のリュックサックにつめ、両手で子どもを支えています。ぐずればバス内で抱っこすることもあります。

リュックサックが邪魔になるといけないので、スペースの広い優先席付近(バスの真ん中の出入口付近)にいることが多いのですが、優先席含めバスで席を譲って頂けることはめったにありません。

先日バスが急停車して、大人も転倒しかけましたが、次女は前方に吹っ飛びました。次女は泣き出し、私は子どもに支えられなかったことを謝りながら抱っこしました。

運転が荒い様子だったので、今日は子どもだけでも座らせてもらえないかな、と優先席の方を見ると、会社員と思われるスーツ姿の男性が3人座っていました。示し合わせたように全員が目をいっせいにそらして、1人は目を閉じ、1人はスマホに目を落とし、もう1人は私の顔を見て舌打ちしました。

まぁそんなもんか…と、こんな(´・ω・`)顔をしてしょんぼりしていると、同じく保育園に向かうとおぼしき5歳くらいの女の子が、「ママ、どうしてあの赤ちゃんのお席がないの?」と言ったのです。

「ひえっ」と思いましたが、女の子のお母さんはもっと「ひえっ」と思われたことでしょう。お母さんは小声で「大きな声出さないの」と女の子をなだめています。女の子にもお母さんにも巻き込み事故で本当に申し訳ない。

結局、後方の座席に座っていたお姉さんがわざわざ立って声をかけてくださり、そこに子どもを座らせてもらえることになりました。ありがたやありがたや。

「子どもに席を譲らない」という意見が多くて驚いた話

個人的には、未就学児がバスや電車で立っていれば、特に求められていなくても座席は譲るようにしています。子どもはけっこう簡単に吹っ飛びます。もちろん親が支えるでしょうが、子どもが吹っ飛ぶような場面では大人も踏ん張れないことが多いので、ケガをしたら危ないと思うからです。

そういうものだと思っていたのですが、どうも一般的ではないようなのでネットの意見を調べてみました。

「子ども 席 譲る」というキーワードの第一位で出てきたのがこの発言小町。

子供に席を譲りますか? : 生活・身近な話題 : 発言小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

圧倒的に「譲らない」という意見が多くて驚きました。まじか!

「譲らない」という意見の理由がこんな感じ。

・「子どもは立つもの」という躾のために譲らない
・子どもは半額料金だから正規料金の大人が座るべき
・立って身体を鍛えるべきだから譲らない
・遊びに行くなら元気な子だろうから譲らない
・親が申し訳なさそうにしてたり子どもをちゃんとたしなめてたら譲ってあげてもいい
・座席を譲られて当然というワガママな子になる

これ…これは…本気なの?バイアスがかかってるんじゃなくて、日本の一般的な概念がそういうものなの?

「子どもは立つべきだから躾のためにも私は立ちません(`・ω・´)」ていう方、いや、親が自分の子どもに教えるのはまだわかるんだけど、普段なら関わろうとさえ思わないであろう見知らぬ他人の子どもに対して、なんで電車の中だけ突然「この子の躾のために私は立ちません」ていう距離感になるのかが理解できない。「躾ですからね」って書いた人は全員近所の子にも普段から注意しているのか。そんなわけあるまいに。

子どもは半額料金というけれど、別に子どもが料金を決めたわけじゃないし、正規料金の大人の方が偉いし優遇されるべきだっていうのもちょっと意味がわからない。料金によって待遇に変化をつけるかどうか決めるのは交通会社で、ただの乗客には何の権利もない。

立って身体を鍛えろっていうけど、未就学児が身体を鍛えるべき場所として電車やバスが適切なの?

元気そうな子なら譲らない、遊びに行く様子なら譲らない、態度が悪いなら譲らない、ケガしてたら譲るけど、申し訳なさそうにしてたら譲るけど、って、何だろうその細かい条件分けは。席ゆずるときに皆相手を自分のチャートに乗せて、「遊びに行く感じではない、よしOK。なんだか疲れている、よしOK。親が子どもにちゃんと立ちましょう、がんばってって言っている、よしOK、譲るか」とか考えてるのか。

「座席を譲る」行為なんて、相手がどうのとか状況がどうのとかじゃなくて、「座席が必要そうな人がいたら、可能な限り譲る」とか、そういうシンプルなもんじゃないのか。

「座席を譲りたくない」から、一生懸命それらしい理由を並べ立てているだけに見えるのは、私だけなのかな。

「座席を譲ったら、譲られるのが当然と思うわがままな子になる」という意見もあったけど。これ「抱っこすると抱き癖がつく」みたいな思考に近いものを感じた。大人が思いやりを示さないのに、優しい子が育つとも思えないんだけども。

自分の子がワガママを言っていたら、それをなだめる義務は親にある。でもまわりの大人は、「そうだそうだ、お前は立ってろ」じゃなくて、立ち上がって「君に席を譲るよ。だから君も、いつか座席が必要な人に出会ったら、気持ちよく席を譲れる子になってね」って伝えてあげることのほうが、よっぽど子どもの躾には有効なんじゃないかなぁ。

「座席譲るのカッコイイ」っていう文化になるといいな

長々書きましたが、端的にいえば「立てる状況であれば、子どもに席を譲ってもらえるととてもありがたい」という話でした。子どもは吹っ飛んで本当に危ないので…。

状況や態度が気に食わないということもあるかもしれませんが、親子がどうあれ「吹っ飛びやすい」という事実は変わりません。また、態度の悪い親子は、その場で他人の大人が「座席を譲らない」という躾に出たところで、改善される可能性は低いです。

だから、ごちゃごちゃと「席を譲る条件」を頭で並べ立てるんじゃなくて、「席が必要そうな人がいて、自分が立てそうなら譲る」っていう考え方の方が、私はシンプルで好きなのです。

まぁ、私の場合は、「相手がどんな態度であろうと、座席をすみやかに優しく優雅に譲るワタシ、カッコイイ」みたいな、妙なナルシズムがあるのかもしれないけど。

昔、バリバリの不良のお兄ちゃんが電車で杖をついたばーちゃんに、「おう、ばーさん!座れや!」って親指立ててたの超すてきって思ったし、短期留学してたニュージーランドで、頭がパイナッポーみたいな兄ちゃんがバスで子どもに「ベイビー、危ないからここ座りな」って座席譲ってたのも超クールって思ったし。

「子どもに席を譲る必要なんてありませんよ、子どもは立っているべきです(キリッ)」なんて「べき論」より、「立てる状況ならすみやかに立ち上がり、『ここにどうぞ。ママとお出かけかな?楽しみね』って優雅に微笑みましょう。あなたのモテ度がぐっと上がります」みたいな回答が、こういう掲示板に増えるような、そんな国になったらいいのにな。

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