全てのパパ・ママへ。記事広告PR表記問題を通じて子どもたちに教えて欲しいこと



広告業界に関連する方々の間で「記事広告のタイトルには[PR]と入れるべきか否か」という論争が盛り上がっています。これを聞いただけで、ほとんどのママさんたちが「私たちに関係ない話題だわー、興味なーい」と回れ右されそうですが、ちょっとお待ちを。ぜひ私は、この話題に世のお母さん方(もちろんお父さん方)に食いついて欲しいと思うわけです。

なぜなら、この「記事広告にPR入れるかどうか問題」を親が理解しているかどうかによって、子どもに「正しい情報の受け取り方」を教えてあげられる一助になると思っているからです。

そもそもどんな論争が起きているのか

論争の詳細については徳力さんという方がヤフーに寄せている記事に詳しいので、そちらをご参照頂きたいのですが、端的に言えば「ネット広告業界の有名人たちが記事広告(企業からお金をもらって書いている記事風の広告)のタイトルに、広告とすぐわかるように[PR]という表記をいれるべきか否か」という内容で争っている、ということです。

で、入れる派の理由はこうです。

・[PR]っていれないと、ユーザーが広告と知らずに読んで不快な思いをするじゃないか!

入れない派の理由はこうです。

・タイトルに入れなくても本文中で広告ってわかるようにしとけば問題ないじゃん!
・タイトルに[PR]って入れたら、せっかくおもしろい記事書いても読んでもらえなくなるじゃん!
・タイトルに[PR]って入れたらPV数(閲覧数)が落ちて、広告主(クライアント)が記事広告を依頼してくれなくなって、お仕事なくなっちゃうじゃん!

ただし、どちらの派の方も「ステマ広告(ユーザーに広告と気付かれないように宣伝をすること)」には反対しています。

私は以前インターネット広告業界にいたので、これはどっちの言い分もとてもよくわかります。ユーザー側の立場からすれば、「金もらってるただの宣伝記事なら全部ちゃんとタイトルに[PR]っていれて、一目みたら宣伝とわかるようにしろ!」というのが一般論でしょうが、タイトルに[PR]って入れるとそれはそれはPV数(閲覧数)落ちちゃうんですよね……。ユーザー数(読者数)がとっても多い媒体(ウェブサイト)であれば、少々PV数が落ちても広告記事商品として売っていけますが、そうでない中小媒体だと、[PR]を入れてPV数が落ち込んでしまうと、広告記事商品として広告主(クライアント)に販売するのが難しくなることもあります。

情報はタダではない

この論争について、いちユーザーとしては「記事がおもしろくて本文を読んだら広告記事だってことがわかるなら、タイトルに[PR]はなくてもいいんじゃない」と思う派です。いちライターとしては「ユーザーの中には不快に感じるひともいるので、タイトルに[PR]は入れるべき」派です。

どうして立場によって意見が変わるかというと、私は自分を「比較的情報リテラシーが高い方」に分類されると思っていて、「記事広告は記事広告として情報を受け止められる」だろうという自信が多少なりともあるからです。一方で、ライターとして不特定多数に情報を発信する場合は、「記事広告を本当の意見だと思って読んでしまう方がいる」ことを意識するので、誰にでもわかるように[PR]という表記をタイトルに入れるべきだと思っています。

でもね、この[PR]問題は、記事広告だけの問題ではないと思っています。「企業から対価を受け取って書いた記事」が全て広告記事だとするなら、「企業から商品をもらって(借りて)レビューを書いたブロガー」は、その記事のタイトルに[PR]とつけるべきなのでしょうか。「お金をもらったわけではないし、提灯記事(その商品やサービスを持ち上げるためだけに書かれた記事)を書けと言われたわけでもない。実際に使ってみてどう思ったかを書いているだけだから、[PR]とつける必要はない」と思うかもしれません。

でもこのブロガーは、厳密には「商品をもらって(借りて)レビューを書く」という「記事ネタ」という対価を企業からもらっていますよね。そしてブロガーも、そんな「記事ネタ」という対価をくれる企業は大切にしたいでしょうから、むやみやたらに批判的な内容は書かないかもしれません。また、記事を書いてもらいたいと商品を渡す企業側も、あまりに批判的なことばかり書くブロガーには、次からは商品を渡さないでしょう。結果として、「記事広告というほどではないけど、ちょっと企業寄り」なブロガーのレビュー記事は、[PR]という表記がつくことなく、世に流通することになります。

何が言いたいかというと、「正確で平等で有益な情報をタダで得ることは難しい」ということです。TVやインターネットは、ユーザーに対して無料で山のような情報を提供してくれているように見えますが、無料で情報を提供し続けることなんてできません。TVであれば番組を作る製作費がかかりますし、インターネットならサーバー代やコンテンツ制作費がかかります(もちろんほかにもいろんなお金がかかります)。「タダの(ようにみえる)情報」を、多くの場合は広告宣伝費が支えています。

案外、びっくりするほど、この「情報はタダではない」ということを意識されていない方が多い気がするので、まずはここを強調しておきたいのです。

この記事はどこからお金を得て書いているのか?

その上で、世のお父さまお母さま方に、ぜひ子どもたちに教育して欲しいと思うのが、「情報を手に入れたときに、その情報はどこからお金を得て発信されているものかを意識せよ」ということです。企業からダイレクトにお金をもらって書かれているものなのか、記事にリンクされたアフィリエイト(その記事を読んだユーザーが商品を購入することによって、記事を書いたひと、もしくは媒体に広告収入が入る)を狙っているのか、そのサイトに表示される広告収入を得ているのか、情報そのものに値段がついていて、1記事いくらで売っているものなのか、あるいは純粋に「良い情報を届けたい」と思って、対価をもらっていないけれど記事を書いているというひとももちろんいるでしょう。それによって「その記事の意図や価値」が変わってきます。「この記事によって誰がどんな得をする?」ということを考えると、その記事の立ち位置がわかりやすいと思います。

記事広告からは少し離れますが、広告宣伝かどうかということを抜きにしても、全ての情報について「これはどういう人が、どういう立場で書いた情報なのか」ということを意識できるとなお良いと思います。さきほどの私の例のように「個人として思うこと」と「職業人として思うこと」が違う場合も多々あります。

[PR]が書いてあろうがなかろうが、ユーザーがこの点を意識して情報を受け取ることができれば、必要以上に記事広告に踊らされるということは避けられるはずです。この点を、情報過多時代に生きるであろう子どもたちにしっかり教育をしておくべきです。(……もしかしたら、アルゴリズムでそういう記事広告を自動ではじいてくれる時代がくるかもしれないけれど)

情報弱者にならないために

仮に「記事広告には必ずタイトルに[PR]とつけましょう」という法律ができたところで、上述したように「どういう対価を得たら記事広告か」という定義はあいまいですし、悪質な業者は法律をかいくぐって「記事広告を記事広告と見せない方法」をいくらでも考えてそれを実践するでしょう。企業側は企業側でお金を稼ぐのに必死ですから。

企業としては、言葉を選ばずに言えば、情報弱者がたくさんいて、記事広告の内容をまるっとうのみにして、商品がバンバン売れればそれはありがたいわけです。だからこそ、子どもは賢く情報を精査できる人間に育てねばなりません。賢くならねば、いつまでも広告に踊らされ、搾取される側の人間になってしまいます。

「タダで有益な情報がいくらでも得られる、かのように見える世界」を生き抜くために、個人的には学校でも、もっと情報リテラシーについて教育を進めて欲しいと思っています。なんなら「その情報ソースはどこ?情報のエビデンス(証拠・根拠)はちゃんとある?」を子どもの合言葉にして欲しいくらいです。

自分の子どもたちには、そういう情報リテラシーをしっかり身に着けた上で、「この記事広告はおもしろいし、自分に役立ちそうだし、買ってみたい(使ってみたい)な」と思えるような、「賢い」消費者に育って欲しいと強く願っていますし、また全ての子がそうであって欲しいと思っています。そうすれば、結果として悪質なステマサイトやアフィリエイトサイト(個人的には悪質なものでなければアフィリエイトサイトはありだと思っています)が駆逐されて、「インターネット広告全体」が質の高いものになっていくはずです。

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