自由が必要な私が結婚して子どもを産んだ理由。

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独身で交際相手がいない人の割合が6~7割と過去最高になったそうですね。個人的には「結婚などという超絶面倒なことをしなくても、余暇をつぶせる優秀なコンテンツが世界にあふれている」「幸せな結婚生活を維持するには結構なお金が必要だと皆思い込んでいる」あたりが理由じゃないかなと思っている青海です。家で誰かと話しができなくても、スマホ一台あればYouTubeもTwitterもkindleもアプリゲームも全部楽しめるし、その方が気楽で自由でいいじゃないと思うのは無理ない気がするのです。

そう、自由。自由って本当に素晴らしい。結婚して乳児幼児を抱えると、飲み会も美容院も映画鑑賞も好きに行けなくなるし、そもそも睡眠もトイレも風呂も子どもの都合優先で自由にならない。大学時代に一人暮らしを始めた時「これで誰も何も気にせずに、好きな時に好きなことができる、ああ何て幸せ」と思い、働いて自活を始めた時「自分ひとり食べさせられればあとは何をしてもいいなんて、ああ何て気楽」と思った自由を愛する身としては、育児のこの「自由のなさ」はマジで辛い。ちょっと鬱になりそうなほど辛い。

やりたいことたくさん!私の自由を奪うものキライ!という自覚はあったのに、自分でもどうして結婚したのか、どうして2人も産んだのか、実はあんまりよくわかってなかったのです。結婚した時は「いやー、やっぱり一人じゃ寂しいかもしんないし」とか言い、一人目を産む時は「自分たちの子どもってどんなか興味あって」とか言って、なんとなくそれっぽい理由を自分自身でも言い聞かせていたのですが、二人目をもうけようかなと思ったあたりで自分でもなぜそう思うのか理由がわからない。一人目の時点で自分は育児にまるで向いていないということはわかっていたし、子どもが二人になれば負担は必ず増えることが見えているのに、なぜか私は「二人目が欲しい」と思ったのです。

それを最初は「何でだろう…やっぱり動物としての生存本能が第二子を求めるのかしら」とか思っていたんですが、最近になってやっと気づきました。私、第二子はまだかという呪縛から逃れたかったのだと

気づけば、結婚した時も「あぁ、これで結婚はまだかというプレッシャーから逃れられる。良かった良かった」と思ったし、第一子を出産した時も「あぁ、これで子どもはいつ産むのかと言われなくなる。良かった良かった」と思ったし、第二子を出産した時は「あぁ、これでもうご兄弟のご予定はと言われなくなる。良かった良かった」と思ったのです。

これは回りがプレッシャーをかけたからということではなくて、私自身が「四人家族になることがスタンダード」みたいな価値観を持っていたことが大きな要因です。自由になりたいから、人生におけるタスク(あまりいい表現ではないですが)を早くこなしたかったのです。その上で、「ほら、私ちゃんとやることをやっているでしょう、だからもう好きなことをやっていいでしょう」と、他の誰でもない、自分自身に言い聞かせるために、私は結婚し、子どもをもうけたのだと思います。

こう書くとすごく残念な感じになりますが、結果として結婚して良かったと思っていますし(今のところ)、子どもは面白いし可愛いし(自分の時間はめっちゃなくなるし楽しいばっかりではもちろんないけど)、得られたものは確かにたくさんあったと思います。今は不自由だけど、人生をトータルでみたときに「そんな時期もあったけど、あの時期結婚して子どもを産んでいて良かった」と思う気がするし。喉元過ぎればナントヤラです。

私は自分が特有の家族観に縛られていたことに気づかず、故に子どもをもうけた時も「どうして子ども欲しいって思ったんだろう?」状態で、最初の育児は母性らしい母性を自分の中に見つけられず、本当につらかったです。今結婚する前の自分に会えたら、まずその家族観から自由になるようにと伝えると思います。四人家族になることはタスクじゃないし、別にスタンダードでも何でもないし、あなたが思い込むほど回りはそれを求めてないし、それは世間の声なんかじゃなく自分の思い込みの声でっせと言いたいです。

この件に限らず、知らずに自分を縛っていた価値観や偏見がまだまだあるなぁと感じています。ひとつずつ、本当は不要なものさしを捨てて、真に自由な人間になりたいです。

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